「教育」する動物たち

カントは『教育学』の冒頭で、「人間は教育されねばならない唯一の被造物である」と述べましたが、この地球上において、教育とは必ずしも人間固有の営みではないようです。

「教育」について、カロとハウザー(Caro & Hauser 1992)は以下のように定義しました。

①教える個体が、学習者のために自分の行動を変える

②教える側にコスト(時間・労力・リスク)がある

③学習者が、その結果としてより速く/確実に学ぶ

つまり、「教える側にはメリットがないにも関わらず、わざわざ他者の学習のために行う行動=教育」という図式です。カロとハウザーの時点では、これらの条件を満たす動物は存在しないと考えられていましたが、のちにいくつかの動物に、これらの条件を満たす「教育行動」が発見されました。

ミーアキャットは、サソリを好んで食べますが、サソリは毒針を持ち、とても危険です。そこで、ミーアキャットは、子どもに対し、(1)死んだサソリを与える (2)毒針を抜いた、生きているサソリを与える (3)毒針のある生きたサソリを与える というように、子どもの発達段階に応じて獲物の処理の方法を段階的に教えます。このような行動は、足場をかけるように教えることから、「スキャフォールディング」(scaffolding)と呼ばれます。

また、アルビペンムネボソアリは、経験豊富なアリが、未経験のアリを、餌場まで案内します。先導するアリは、ついてくるアリが道を覚えられるように時々立ち止まりながら進み、案内されるアリは先導するアリを触覚で叩き、道を覚えたことを伝えます。このような行動はタンデムランニングと呼ばれ、双方向フィードバックを伴う教授法の一例であると考えられています。

しかし、これら動物の「教育行動」と、人間の「教育」との間には決定的な違いがあると考えます。

それは、動物の「教育行動」は餌を獲得することなど、生存に直結することであるのに対し、人間の「教育」は、古典文学、数学、歴史、芸術、礼儀作法など、今日を生き延びるためには不要なことを大量に教える点です。

学校で学ぶことは、たしかに今日役にたたない、いつ使うか分からない、使わないかもしれない。しかし、そういった役にたたないことをたくさん学んでいると、ある日世界の状況が変わったときに、既存の本能や習慣では対応できない問題に意味を与え、行動を可能にします。教育とは、未来の不確定性に備えるための余剰を意図的に作り出す営みであり、その点こそ、人間の教育の本質であると私は考えます。

将来の世代のために、子どもたちにどのようなことを教え伝えていくか、私たちは問い直し続け、挑戦し続けます。

株式会社シー・キューブは、学習参考書や教材を中心に、執筆・編集・データ制作を手がける編集プロダクションです。「すべての人に学ぶ楽しさを」という理念のもと、幼児・小・中・高・大学受験・資格試験といった、幅広い教育分野の教材づくりに携わっています。